1 種類のサイズであらゆる状況に適用:病原菌 の特性解析を実施するための簡易ワークフロー

病原菌アウトブレイクのサーベイランスを成功させるには、迅速かつ拡張性のある効率の良い対応策が必要 になります。リアルタイムの疫学的情報を得るなど、病原菌アウトブレイクをモニタリングする場合の困難を 克服するため、研究者たちはポータブルなリアルタイムナノポアシークエンス技術の利点を活用し、サンプル 採取場所でのサーベイランスを成功させています。

ゲノム疫学は病原菌またはその宿主のゲノム変異が健康と疾患に どのような影響を及ぼすかを研究する分野で、病原菌の伝播、 拡大、変化を追跡することを目的としています。また、シークエンス 情報から薬剤耐性因子を同定することも可能です。2013 〜 2016 年 に西アフリカで発生したエボラアウトブレイクから現在の COVID-19 パンデミックに至るまで、ナノポア技術は世界的な病原菌サーベイ ランスで中心的役割を果たしており、85 を超える国で 100 万超の SARS-CoV-2 ゲノムがナノポア技術を用いてシークエンスされてい ます 1 。SARS、インフルエンザ、HIV など、既知の RNA ウイルス の多くは変異が速いため、ゲノム内に絶えず変異を蓄積している ことになります。シークエンスデータは重要な管理策を確立する 指針となり得ますが、それは迅速に結果が得られて介入に有用な 情報が得られる場合に限られます。資源の少ない環境では、従来の シークエンス技術は基本的に使用できません。アウトブレイク発生 地域では、常時電力、ラボインフラ、トレーニングを受けたスタッフ などの必要条件が満たされないことが多く、遠く離れたシークエンス 施設にサンプルを輸送することも困難です。この点を念頭に、 バーミンガム大学を拠点とする Josh Quick らのチームは、ナノポア シークエンスの利便性、コストの低さ、携帯性を活用することにより、 西アフリカでエボラウイルスのゲノムサーベイランスをフィールドベース かつ拡張可能な形態で実施することに成功しています。同チームは、 MinIONTM などのポータブル機器を「スーツケースに入ったラボ」2 と呼んでおり、「資源に限りのある遠隔地域」でナノポア技術を活用 すれば病原菌アウトブレイクのモニタリングが容易になり、所要時間 が短縮して「シークエンスプロセスにかかる時間がわずか 15 〜 60 分 になる」2 ことを示しています。

'リアルタイムでのゲノムサーベイ ランスは資源に限りがある環境で 実施可能であり、速やかにその 体制を確立してアウトブレイクを モニタリングすることができる2'

国際的なウイルスサーベイランスを拡大強化するために ARTIC ネットワークが設立されており、世界的な協調体制の下に病原菌 アウトブレイクのシークエンスと解析を行うことが可能になりました 3 。 同研究者らはMinIONの携帯性と効率的なサンプル調製ワークフロー を活用し、全世界で使用可能な簡易ワークフローにより幅広い DNA ウイルスと RNA ウイルスを調査対象に定めました。この手法は、さまざまな状況に適用可能で、拡張性を有し、迅速に展開可能な ものである必要がありました。ジカウイルスなどのウイルス量が少 ないウイルスについては、クリニカルリサーチサンプルから直接ウイ ルスゲノムをシークエンスする方法が困難なことがあります。ARTIC ネットワークは、1 反応当たり 50 コピーと、ゲノムコピー数が少な いサンプルに適した PCR エンリッチメント法を使用したワークフ ローを開発しました 4 。PCR では、一度にターゲットのエンリッチ メントと増幅が可能です。カバレッジの包括性を実現するためにタイ ル型アンプリコンスキームが考案され、時間短縮、複雑さの軽減、 コスト削減のためにマルチプレックスシークエンス法が用いられま した。エンドツーエンドワークフローを用いることにより、ウイルス 量の多寡にかかわらずクリニカルリサーチサンプルから直接ウイルス を増幅、シークエンスすることができます。ユーザーは、ウェブベー スのプライマーデザインツール Primal Scheme を用いて、研究対 象のウイルス用に独自のプライマースキームをデザインすることが 可能です 5 。さまざまなウイルスの増幅とシークエンスに容易に対応可能な適応性 を備えているため、ナノポアシークエンスを用いたタイル型 PCR 法 は広く採用されています(表 1)。

Viral amplicon table 表 1 ナノポアシークエンスを用いたウイルスゲノム用のタイル型アンプリコンプロトコールの具体例(全ゲノムシークエンスを実施するために必要なゲノム サイズ、アンプリコン長、アンプリコン数を記 載)

Mori et al HIV Sequencing ナノポアシークエンスではリード長が断片長と等しくなるため、長い アンプリコンを用いたウイルスゲノムのタイル型 PCR とシークエンス が可能になります。Mori ら 6 は、アンプリコンのナノポアシークエ ンスを用いることにより、ほぼ完全長の HIV ゲノムを作成し、遺伝的多様性の高い HIV-1 組換え型(RF)について示差的な遺伝情報を 取得しました(図 1)。同チームは、薬剤耐性関連変異が従来の HIV-1 ジェノタイピングアッセイのターゲットシークエンス領域外に 位置していることを明らかにし、詳細な解析にはロングリードが 必要であることを示唆しています。

'新たなナノポアシークエンス プラットフォームを用いれば、 サブタイプ間の RF のほか 二重感染異種 HIV-1 の完全長 HIV-1 ゲノムを同定することが できる6'

ナノポアシークエンスを用いたタイル型アンプリコンワークフローに より、ジカ、チクングニア、黄熱、デング熱などの蚊媒介ウイルス感染症のアウトブレイクがすべて解析されており、さらに広範な疫学 データと組み合わせればワクチン接種戦略に有用な情報が得られる 可能性があります。ワクチン水準が低い場合、どの地域を標的に するかという重大な決定を下すには、ウイルスの空間的拡散状況を 詳細に把握して拡散する可能性が特に高い地域を予測する必要が あります。

また、ナノポアワークフローを必要に応じて修正し、狂犬病、鳥イン フルエンザ、アフリカ豚熱ウイルス(ASFV)など、動物が感染する ことが分かっているウイルスも研究されています。ASFV は伝染性が 高く、家畜ブタでは死亡率が最大 100% にもなるため、豚生産と地域 経済に重大な影響を及ぼします。全世界で大規模なアウトブレイクが 発生しているため、病原菌サーベイランスが不可欠となっています。 しかし、ASFV ゲノムはゲノムのサイズが大きく(170 〜 190 kb)、 大きな欠失と挿入を獲得する能力を有し、変異原性の高い超可変 領域が存在することから、ASFV ゲノムのシークエンスはきわめて 困難です。Amanda Warr ら7 は MinION を用いて、ASFV をシーク エンスするための手法として、アウトブレイク発生状況をほぼライブ 状態でモニタリングでき、所要時間が短く、サンプルの輸送に伴う 困難が生じないタイル型アンプリコン法を開発しました。Amandaは、 「マルチプレックスや(中略)シークエンスのなかでも最も費用の 高いフローセルを洗浄して再利用できる」ことにより、他の方法 よりもシークエンスコストが下がり、ロングリードのおかげで特に 反復性が高いゲノムのアセンブリ能が改善した旨を記載しています 7 。 7 kb の 32 断片(1 kb の重複)を対象にゲノムを増幅し、ほぼ完全な ゲノムが作成されました。

'ポータブルシークエンス技術に より、アウトブレイク発生地に赴いて、 サンプルを輸送することなくその場で シークエンスおよび解析する新たな道 が開かれた7'

感染宿主の体内に存在するウイルス集団を検討すれば、ウイルス - 宿主相互作用と新たなアウトブレイク対処法を明らかにするのに重要 な情報を得ることができます。最近の SARS-CoV-2 パンデミック 発生時には、Oxford Nanopore 社と ARTIC ネットワークが Midnight プロトコールを用いて迅速に標的化アンプリコン法の改良を行いま した。最大 96 サンプルのマルチプレックスが可能なため、時間と コストの両方を大幅に削減できました。Midnight プロトコールは、 作業時間がごくわずかで済み、ワークフローが簡易で、1 作業日以内 に RNA からリアルタイムシークエンスに移行できるため、公衆衛生 コミュニティーでよく用いられる方法になりました。

Oxford Nanopore 社は、病原菌サーベイランスに当たって科学 コミュニティーと協働できたことを誇りに思っています。また、 ARTIC ネットワークなどの研究グループと共同で、プロトコール、 キット、バイオインフォマティクスパイプラインの開発を続けています。

Oxford Nanopore 社の技術を用いたマルチプレックスのタイル型 PCR 法は、ワークフローが効率的で、アウトブレイク発生時の 大量なサンプルに対応できる拡張性を備えていることから、今後も 病原菌サーベイランスに不可欠な方法となると予想されます。

  1. GISAID. Home. Available at: http://gisaid.org
  2. Quick, J. et al. Nature. 11;530(7589):228-232 (2016).
  3. ARTIC network. Available at: http://artic.network
  4. Quick, J. et al. Multiplex. Nat. Protoc. 12(6):1261-1276 (2017).
  5. Primalscheme. Available at: http://primalscheme.com
  6. Mori, M. et al. Microbiol. Spectr. 27:e0150722 (2022).
  7. Warr, A. et al. bioRxiv 470769 (2021).
  8. Welkers, M., Jonges, M., and van den Ouden, A. Available at: https://www.protocols.io/view/monkeypox-virus-whole-genome-sequencing-u…comb-ccc7sszn.html
  9. Tyson, J.R. et al. bioRxiv 283077 (2020)
  10. Freed, N.E. et al. Biol. Methods Protoc. 18;5(1):bpaa014 (2020).
  11. Naveca, F.G. et al. PLoS Negl. Trop. Dis. 7;13(3):e0007065 (2019).
  12. Kraemer, M.U.G. et al. Lancet Infect. Dis. 17(3):330-338 (2017).
  13. Neto, Z. et al. PLoS Negl. Trop. Dis. 18;16(5):e0010255 (2022).
  14. de Vries, E.M. et al. Sci. Rep. 12;11886 (2022).
  15. Kumar, A. et al. Microbiol. Resour. Announc. 19;11(5):e0124621 (2022).
  16. Zakotnik, S. et al. Viruses. 10;14(6):1267 (2022).
  17. Riaz, N. et al. Infect. Genet. & Evol. 99;105242 (2022).
  18. Maes, M. et al. OSF Preprints. https://doi.org/10.31219/osf.io/6jku5 (2022