永久凍土融解における微生物 コミュニティーのメタゲノム解析

アラスカ大学フェアバンクス校(米国)の Devin Drown らのチームは、ナノポア技術により作成したロングリード を活用し、永久凍土の融解が土壌の微生物コミュニティーに及ぼす影響を研究しています 1 。永久凍土とは、 地表面上または地表面下の永久的に凍結状態にある土壌、砂礫、砂の層をいいます

ある地域が永久凍土と判断されるには、2 年以上連続で持続的に 凍結状態にあることが条件となりますが、ほとんどの場合は数百年 または数千年にわたり凍結しています。永久凍土は地球上の大きな 部分を占めており、緯度または高度が高い寒冷気候地域に広がって います。永久凍土の上には活動層という薄い土層があります。 Devin らのチームは、気候変動により引き起こされた永久凍土融解 が活動層の微生物コミュニティーにどのような影響を及ぼし、ひいて はそのような土壌に生育する穀物にどのような影響が及ぶかを解明 したいと考えました。養分の獲得と循環には微生物と植物の相互 作用がきわめて重要であり、土壌の微生物コミュニティーに小さな 変化が生じただけでもその相互作用が妨げられる可能性があります 2 。

"土壌の微生物は、気候変動に 反応して植物の生育に変化を もたらす可能性がある1"

同チームはアラスカを拠点として、北方森林(別名、雪林)に見ら れる、永久凍土状態がさまざまに異なる土壌を対象に、ナノポア によるメタゲノムシークエンスを用いて微生物コミュニティーの研究 を行いました。北方森林には、アラスカ原住民コミュニティーの 食事に欠かせない多くの植物が生息しています。メタゲノミクスを 用いる場合、微生物を培養する必要がありません。Devin らの チームは、活動層の複雑な微生物コミュニティーの特性を迅速かつ 徹底的に解析する手段としてナノポア技術を選択しました。PCR フリーのナノポアシークエンスのロングリードであれば、従来の ショートリードシークエンス技術ではシークエンスが困難な領域に アクセスでき、複雑なコミュニティーから正確な微生物ゲノムを容易 にアセンブリできます。native DNA をリアルタイムでシークエンス できるため、効率的なライブラリ調製と所要時間の短縮が可能に なります。

同チームは、60 年以上前にアラスカの Fairbanks Permafrost Experiment Stationで人工的に誘発した永久凍土融解のプロット を用いて、北方森林に生息する 5 種の植物[Vaccinium vitis-idaea (クランベリー)、Vaccinium uliginosum(ボグブルーベリー)、Picea mariana(クロトウヒ)、Ledum groenlandicum(ラブラドル茶)、 Chamerion angustifolium(ファイアウィード)]の生育実験を実施 しています。永久凍土融解の程度が異なる土壌(「不撹乱」、「半撹乱」、 「高撹乱」)で植物が生育されました(図 1)。

Figure 11

図 1 植物生育実験の実験計画。画像の出典:Seitz et al. 1 。Creative Commons ライセンス(creativecommons.org/licenses/by/4.0) の下で公開。

融解する永久凍土の上にある活動層から採取した微生物コミュニ ティーを植物に接種したところ、ほとんどの場合は不撹乱活動層 から採取した微生物を接種した植物と比較して生産性が低下しま した。同チームは、別々の活動層に生息する微生物コミュニティー を解析するため、Ligation Sequencing Kit を用いて 4 枚の MinIONTM フローセルで 48 のメタゲノムをシークエンスしています。データセット を統合した結果、平均リード長は 2,594 bp、N50 リード長は 5,531 bp となりました。同チームは次に、Kraken3 と Bracken4 を用いてリード を処理し、それぞれ分類群の検出と存在量の推定を行いました。 その結果、微生物コミュニティー内で 24 の細菌門を同定しています。 データを視覚化したところ、土壌の種類によって微生物コミュニ ティー集団に差があり、不撹乱活動層と高撹乱活動層の差が最も 大きくなりました。

有用土壌微生物は植物の養分利用性を促進し、植物の生育と生産性 を向上させることが分かっています 2 。同チームが植物の健康な生育 に関連するバイオマーカーを解析したところ、Acidobacteriaceae や Bacillales など、植物の生産性と正の相関を示す微生物が、不撹乱 土壌サンプルでは高撹乱土壌サンプルよりも多く認められることが 確認されました。それに対して、さまざまな植物に病原作用を示す ことが分かっているComamonadaceae ファミリーは、不撹乱土壌 よりも高撹乱土壌に豊富に存在していました(図 2)。同チームは、 高撹乱土壌に検出された既知の植物病原菌が、養分の循環を破綻 させ、植物の根圏(根周囲の領域)に直接異常を引き起こして植物 の生育を抑制するという仮説を提唱しています

Figure 12

図 2 さまざまな種類の土壌に存在する細菌ファミリーの相対存在量。実線 は平均相対存在量を示すものです。画像の出典:Seitz et al. 1 。 Creative Commons ライセンス(creativecommons.org/licenses/ by/4.0)の下で公開。 この環境メタゲノミクス研究により、気候変動と永久凍土の融解、 微生物コミュニティーの変化、植物の健康、さらに広範なコミュニ ティーの健康との関係が具体的に明らかになっています 2 。

"本研究の結果から、植物の 生育抑制が微生物コミュニティーの 分類学的構成の変化と関連している 可能性が示唆される1"

参考文献

Seitz, T.J. et al. Frontiers in Microbiology 12:619711 (2022). Devin Drown. https://nanoporetech.com/resource-centre/video/lc21/evaluating-the-effects-of-the-changing-permafrost-ecosystem-through-the-lens-of-genomics [Accessed 24 August 2022] Wood, D.E., Lu, J. & Langmead, B. Genome Biol. 20:257 (2019). Lu, J. et al. PeerJ Comp. Sci. 3:e104 (2017).