セルフリー DNA のナノポアシークエンスと メチル化検出 — 非侵襲的がんモニタリング として有望

リキッドバイオプシー由来の循環腫瘍 DNA(ctDNA)の解析は活発な研究領域の 1 つで、ごく低侵襲にがんを検出・モニタ リングする強力な方法であることが示されています。また、セルフリー DNA(cfDNA)のエピジェネティック状態が、個別化 疾患モニタリングで有望なバイオマーカーとして注目されはじめており、がんスクリーニングにも有益である可能性があります 1 。 ナノポアシークエンス技術は量の少ない cfDNA と ctDNA の正確かつ高感度な検出が可能であることが示されており 2,3、 サンプル調製時に変換や増幅を要せずにナノポアシークエンスデータから DNA メチル化を直接検出可能なため、将来的に 「リキッドバイオプシーの強力なツール」になる可能性があります 4,5。

ISPRO(イタリア、フィレンツェ)を拠点とする Martignano らは以前に、 ナノポアによる低カバレッジな全ゲノムシークエンス(WGS)を用いて、 リキッドバイオプシー由来のがん研究サンプルからコピー数異常(CNA) を検出した革新的な研究成果を発表しています 3 。その後、同グループは こうして得られた知見を基に、ヘブライ大学(イスラエル、エルサレム)の Katsman らと共同で、リキッドバイオプシー由来の cfDNA と ctDNA の ナノポアによる低カバレッジな WGS を用いれば、細胞起源、がん関連の 断片化シグネチャー、cfDNA のがん特異的なメチル化状態を検出でき、 ショートリードに基づくデータセットと同等の結果が得られることを示して います 5 。Katsman らはこのプラットフォームを要約して、「[Oxford Nanopore 社の]native DNA シークエンスは簡易であり、1 回のランで 多くの特徴を抽出できることに加えて、シークエンサーが低コストかつ ポータブル型であるため、[クリニカルリサーチの場では]注目すべき 選択肢になる」と述べています5。

メチル化検出にバイサルファイトWGS 法を用いるとサンプルが大幅に劣化 して試料が失われるほか、断片化パターンが不明瞭になる可能性がある ため、Katsman らはメチル化コールにナノポアシークエンスを使用する ことに関心をいだきました。また、バイサルファイト法によるシークエンス では 5mC と他の修飾(5hmC、5fC、5CaC など)を識別できませんが、 「ナノポアではいずれも原則検出可能」です 5 。

Katsman らは、cfDNA 解析のみに基づき、ナノポアシークエンスと対応 するショートリード WGS データセットを比較することにより、サンプルの がん細胞保有率を推定しました。同チームはシークエンスカバレッジが 低い場合の影響について理解を深めるため、ダウンサンプリング実験を 実施したところ、ナノポア WGS データを平均 0.2 倍のカバレッジにダウン サンプリングした場合に矛盾のない結果が得られることが示されました。 ショートリードライブラリははるかに高いカバレッジ(中央値 1.3 倍)で シークエンスしたものの、Oxford Nanopore 社のシークエンスとショート リードシークエンスでは cfDNA に占める ctDNA の割合の推定値はほぼ 同じ値になりました。

また、低カバレッジなナノポアシークエンスでは非がん正常細胞の細胞 タイプ構成が再現されましたが、これははるかに高いカバレッジでの シークエンスにより得たショートリードバイサルファイト(WGBS)データ 以外からは明らかにできないものでした。

さらに、Katsman らは、cfDNA に占める ctDNA の割合が高いサンプル の方が断片長が短いことを確認されたことから、断片長の差からがんの タイプを分類できる可能性を示唆しています 5 。Oxford Nanopore Technologies 社の技術を用いれば、短い断片を効率的にシークエンス できるだけでなく、ショートリードシークエンスでは検出できない、はるかに 長い cfDNA 断片も検出できます(Yu ら 6 の最近の報告を参照)。 サンプルサイズが小さいことに留意する必要はあるものの、Katsman らが 得た結果から、ナノポアデータとショートリード WGS、WGBS のデータ セットでは、DNA メチル化、断片化、CNA のがん特異的な特徴が広範囲 にわたり一致することが示唆されています。また、ダウンサンプリング解析 により、すべてのサンプルで DNA メチル化プロファイルに基づきがん由来 DNA を検出するには、ナノポアシークエンスで目標とするゲノムカバレッジ (最低 0.2 倍)で十分であることが示されました。

著者らは、同分野の他の研究により、素早くサンプルを調製して迅速に ナノポアシークエンスを実施できれば、腫瘍 DNA のメチル化に基づく分類 がわずか 1 〜 3 時間で行えることが示されたという点に言及しています 5 。 Katsman らの研究ではこの迅速なシークエンスパラダイムを検証して いませんが、上席著者の Ben Berman(ヘブライ大学)は、ナノポアを 用いたリキッドバイオプシー研究の最終目標の 1 つ(「臨床現場で数時間 以内に完全な解析を実施できるようにすること」7 )であることを示唆して います。

1 ng 未満の出発試料から、PCR を用いることなく セルフリー DNA のシークエンスを実施

cfDNA 解析の分野は急速に発展していますが、シークエンスには数百ナノ グラムの DNA を必要とすることが多いため、抽出 cfDNA の収量の下限が 血漿 1ミリリットル当たり 1 桁ナノグラム以下であるという事実が未だにボトル ネックになっています。Lau らは、この問題に取り組むため、ナノポアシーク エンスに基づくPCR 法もバイサルファイト法も用いない方法を開発し、cfDNA からメチル化プロファイルを効率的に解析できるようにしました8 。具体的に、 同チームはサンプルバーコードとナノポアシークエンスアダプターを cfDNA に効率的に組み込むための一連の手順を開発し、反応条件を系統立てて 最適化することにより cfDNA ライブラリの収量を最大化しました。

"この PCR フリーのプロセスでは、 サンプル当たりナノグラム以下の cfDNA からシークエンスライブラリを作成する ことができる 8"

この方法によりcfDNAサンプル当たり最大数億本のリードが作成できており、 この値は既存の方法に比べて 1 桁の改善に相当します。例えば、インプット DNA 5 ngからはアライメント、フィルタリングしたリードが約600万本得られ、 100 pg であればアライメントしたリードが約 14 万本得られます。

同チームはこの方法をがん研究サンプルの cfDNA メチローム解析に応用し、 メチル化プロファイルに基づき治療中の縦断的モニタリングを実施できる 可能性があることを示しました(図 1)。得られたメチル化プロファイルから、 治療に対する特異的反応や治療抵抗性転移がんの発生が明らかになりま した。

著者らは、この研究の長期的展望に言及し、「この方法は、がんを検出して その特性を解析する上で、リキッドバイオプシーによる診断に影響を与える 可能性がある」との結論を下しています 8 。

cfDNA burden (reads)

図 1: 大腸がん研究サンプルから得た cfDNA の 縦断的メチル化プロファイル。cfDNA リードの総体(上パネル)と、対応する 腫瘍と一致するメチル化プロファイルを 示したリード(下パネル)。400 日後の時点 で、腫瘍特異的なメチル化変化を示す リードの割合が劇的に上昇しており、転移 性進行と相関していました。(図の出典: Lau et al. 20228 )

"フィージビリティーに関する本研究 から、Oxford Nanopore 社の 低カバレッジな WGS がリキッド バイオプシーの強力なツールに なり得ることが示唆される 5"

がん研究へのナノポアシークエンスの使用に関する詳細:Cancer research

  1. Klein, EA. et al. Ann Oncol. 32:1167–77 (2021)
  2. Marcozzi, A. et al. NPJ Genom Med. 6, 106 (2021)
  3. Martignano, F. et al. Molecular Cancer. 20:32 (2021)
  4. Yuen, ZW-S. et al. Nat Commun. 12:3438 (2021)
  5. Katsman, E. et al. Genome Biology. 23:158 (2022)
  6. Yu, SCY. et al. Proc Natl Acad Sci USA. 118. (2021)
  7. Berman, B. Personal communication with Oxford Nanopore Technologies on 23 August 2022
  8. Lau, BT. et al. bioRxiv. 497080 (2022)